B.7 発熱性好中球減少症 Febrile Neutropenia |
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はじめに |
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本項は「発熱性好中球減少症ガイドライン改訂第3版(FNガイドライン第3版)に準拠する。 |
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B.7-1 FNが起こった場合の評価 |
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定義 ·
末梢血好中球数500/μL未満、または1,000/μL未満で48時間以内に500/μL未満に減少すると予測される状態で、腋窩温37.5℃以上(口腔内温38℃以上)の発熱を生じたもの 侵入門戸・病原微生物 ·
好中球数の絶対的な現象を背景として粘膜面の常在菌のトランスロケーションにより全身感染症に移行する。侵入門戸は不明な場合が多く、原因微生物の同定も40〜50%に留まる。 ·
血流感染症の病原微生物の内訳は、グラム陽性球菌60〜70%、グラム陰性桿菌20〜30%、真菌10%である(表1)。 ·
肺炎は、入院後早期(48〜72時間以内)はStreptococcus
pneumoniaeやHaemophilus influenzaeなどの市中肺炎に関する病原微生物によるものが多いが、それ以降は、グラム陰性桿菌(Pseudomonas aeruginosa, Klebsiella
pneumoniae, Enterobacter cloacae, Serratia marcescensなど)、真菌(Aspergillus spp. )によるものが多い。 表1.血流感染症で頻度の高い病原微生物
重症化リスク評価 ※B.7-2
FNの治療(外来治療)の項も参照。 ·
成人患者に対して、MASCCスコア(表2)、CISNEスコア(表3)は重症化リスクの低い患者の同定に有用である。ただし、外来治療に際しては、これらのリスクスコアに加えて、疾患およびがん薬物療法のリスク、身体的リスク、心理・社会的リスクを考慮すべきである(弱い推奨)。 ·
低リスクに分類された患者においても、MASCCスコアで14.0%、CISNEスコアで3.1%に死亡を含む重大な合併症が認められた。 ·
外来治療候補となる患者の選別には、FNガイドライン第3版にて下記のアルゴリズム(図1)が提案されている。 表2.MASCCスコア
表3.CISNEスコア
図1.外来治療の候補となる患者の選定アルゴリズム 検査 1) 血液培養 ·
血液培養を行う場合、原則異なる部位から2セット以上(好気ボトル1本、嫌気ボトル1本を1セットとする)を採血することを強く推奨する。 ·
中心静脈カテーテル(CVC)を挿入した患者がFNを起こした場合、CVCと末梢静脈穿刺(PV)より同時に各1セットずつ血液培養を採取することを強く推奨する。PVからの採血が困難な場合、CVCの異なるルーメンから2セット以上の検体採取を行う。 ·
初回の血液培養が陰性だった場合、抗菌薬投与後も発熱が持続する場合、一旦解熱した後に再発熱した場合、血液培養の再採血を検討する。 2) 血液以外の培養検査 ·
血液以外の培養検査(喀痰、皮膚分泌物、尿、便、髄液など)は、それぞれの臓器感染症を疑う場合に適宜行う。 3) C反応性タンパク(CRP)、プロカルシトニン(PCT) ·
いずれもFN発症早期には上昇しない場合があり、抗菌薬を開始しない根拠にはならない。 4) β-D-グルカン、アスペルギルスガラクトマンナン抗原 ·
FNの初期治療時には必須ではないが、経験的治療開始3〜4日後の再評価時の検査として重要である。 ·
侵襲性肺アスペルギルス症(IPA)を疑う場合、アスペルギルスガラクトマンナン抗原を測定する。 5)
画像・生理検査 ·
胸部X線:肺炎診断に対する精度は必ずしも高くない。しかし、簡便な検査であり経験的治療開始時には実施するべきである。 ·
胸部CT:肺炎の疑いが強い場合やIPAを疑う場合は躊躇せず実施する。 ·
腹部X線・腹部超音波検査・腹部CT:腹部症状がある場合に適宜行う。 6) その他 (※FNガイドライン第3版で言及のないもの) ·
眼科診察:視力低下などの真菌性眼内炎を疑う場合に実施する。 ·
前立腺触診:前立腺炎を疑う場合に実施する。 ·
CDトキシン:抗菌薬投与中・投与後で、Bristol
Stool Scale 5以上の下痢を24時間以内に3回以上繰り返す場合に実施する。 |
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B.7-2 FNの治療 |
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概要 ·
48時間以内に適切な抗菌薬治療が実施されない場合、大腸菌敗血症の30%、緑膿菌敗血症の70%が死亡する。 初期治療(経験的治療) 1) 入院治療 ·
FNに対する初期治療として抗緑膿菌活性を有するβ-ラクタム薬の単剤治療を強く推奨する(表4)。 ·
カルバペネム系薬の濫用は厳に慎むべきである。初期治療で(セフェピムではなく、)カルバペネムを選択することは予後と関連しないとの研究結果もある。臨床的な重症度や多剤耐性菌(主にExtended-spectrumβ-lactamase(ESBL)産生菌)の保菌状況を勘案し、適応を判断すべきである。 ·
初期治療の第1選択薬にはセフェピムが推奨される。ESBL産生菌や(好中球減少性腸炎などの)偏性嫌気性菌が関与する病態では、タゾバクタム/ピペラシリンまたはメロペネムの投与を考慮する。 ·
β-ラクタム薬+アミノグリコシドの併用療法は、生命予後の改善に寄与せず腎機能障害の合併を助長する。そのため、アミノグリコシドのルーチンでの併用は推奨されず、下記の様な症例に対してのみ併用を検討する(表5)。 ·
β-ラクタム薬+グリコペプチド系抗菌薬(バンコマイシンまたはテイコプラニン)の併用療法は、アミノグリコシドとの併用療法よりエビデンスが少ない。メタアナリシスにてβ-ラクタム単剤療法に比べ、生命予後の改善に寄与せず腎機能障害の合併を助長するとの結果がでており、下記の様な症例に対してのみ併用を検討する(表6)。経験的に抗MRSA薬を併用した場合、グラム陽性菌が検出されなければ2〜3日で併用を中止する。 ·
リネゾリドおよびダプトマイシンの併用は、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の感染が疑われるなど限定された状況においてのみ検討すべきである。 ·
G-CSFの治療的投与を一律には行わないことを弱く推奨する。重症化リスクを有する場合にはG-CSFの使用を考慮する。リスク因子としては、66歳以上、FNの既往、10日を超えて好中球数1,000
/μL未満が続くことが予測されるもの、原疾患コントロール不良、低血圧、敗血症による多臓器不全、深在性心筋症や肺炎などの臨床的に確認された感染症の合併、が挙げられる。 ·
G-CSF投与に伴う有害事象として、骨痛、感冒症状、急性肺障害/急性呼吸窮迫症候群がある。 表4.経験的治療に用いる主な抗菌薬
表5.β-ラクタム薬+アミノグリコシドの併用療法を検討する状況
表6.β-ラクタム薬+グリコペプリド系抗菌薬の併用療法を検討する状況
※シプロフロキサシン、クリンダマイシン(もしくはアズトレオナム)とともにバンコマイシンを併用する 2) 外来治療 ·
重症化リスクスコアにおいて低リスクに分類されたFN患者であれば、経口抗菌薬による外来治療が可能である(弱い推奨)。ただし、低リスクに分類されたFN患者の9%が後に重症化したとの報告もあり、抗菌薬の初回投与後は外来で全身状態を一定時間観察し、その後の外来治療中も十分な経過観察を行うべきである。 ·
外来治療を検討する際には、@急変時の診療体制の整備、A患者が指示に従って来院できる、B来院に要する時間、C同居者・介護者の有無、D本人の意向、などを勘案する。 ·
経口抗菌薬治療としてはシプロフロキサシン+アモキシシリン/クラブラン酸の併用治療が推奨される。フルオロキノロンの単剤治療はエビデンスが不十分である。 3)
その他 ·
血栓性静脈炎、感染性心内膜炎、もしくは血液培養にて黄色ブドウ球菌、緑膿菌、バチラス属、カンジダなどの真菌が検出され、感染が疑われる場合には、中心静脈カテーテルの抜去を速やかに抜去することを強く推奨する。CVポートの抜去は、実臨床では困難なことが多く、リスク・ベネフィットを考慮して抜去を検討する。 治療期間、抗菌薬の中止・変更 1) 原因微生物が同定された場合 ·
抗菌薬の投与期間は、病原体と感染病巣により決定される。 2-1)
原因微生物が同定されず解熱した場合 ·
末梢血好中球数 500 /μLに回復する以前に解熱した場合、全身状態が安定していれば抗菌薬の中止が可能である(弱い推奨)。しかし、抗菌薬の中止・変更後の再発熱に対しては迅速な対応が求められる。 2-2) 原因微生物が同定されず発熱が続く場合(初期治療開始後3〜4日目) ·
FN(好中球500 /μL未満での発熱)が持続している場合、血液培養や症状に応じた検査を行い、感染源や病原体の再精査を行う。 ·
リンパ系腫瘍のがん薬物療法後の発熱で抗菌薬、抗真菌薬の治療を行っても解熱しない場合、サイトメガロウイルス再活性化のスクリーニングを行うことを弱く推奨する。特にリンパ球減少およびリンパ球機能抑制が重度の場合には推奨される。 ·
全身状態が良好で発熱以外に所見がない場合、抗菌薬の変更・追加は行わず、同一抗菌薬を継続することは可能である(弱い推奨)。 ·
敗血症性ショックなど血行動態が不安定な場合には、より広域なβ-ラクタム系抗菌薬への変更を検討する(強い推奨)。また、β-ラクタム系抗菌薬の長時間点滴投与(4時間投与)も選択肢となる(弱い推奨)。多剤耐性グラム陰性桿菌の関与の可能性がある場合(保菌者、多剤耐性菌検出率が高い施設、など)はアミノグリコシド系抗菌薬の併用を検討する(強い推奨)。カテーテル関連血流感染症や軟部組織感染症などグラム陽性球菌の関与が疑われる場合、抗MRSA薬の併用を検討する(弱い推奨)。 ·
抗糸状菌活性のない抗真菌薬投与下では、侵襲性アスペルギルス症を警戒し、アスペルギルスガラクトマンナン抗原検査やCT検査を速やかに行い、早期治療(pre-emptive therapy)へと進める。検査が実施できない場合、経験的治療(empiric therapy)を優先させる(強い推奨)。 ※抗糸状菌活性のある抗真菌薬:抗糸状菌作用アゾール系抗真菌薬、エキノキャンディン系抗真菌薬、ポリエン系抗真菌薬 ※抗糸状菌活性のない抗真菌薬:フルコナゾールなど ·
抗糸状菌活性のある抗真菌薬の投与下では、微生物学的検査、non-culture based test(アスペルギルスガラクトマンナン抗原検査、β-D-グルカン、など)、画像検査を実施するとともに、交叉耐性のない抗真菌薬への変更や併用を検討する(弱い推奨)。 |
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B.7.3 抗微生物薬の予防投与 |
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抗菌薬 ·
7日を超えて好中球数100 /μL未満が続くことが予測される場合、フルオロキノロンの予防投与が強く推奨される。ただし、FN発症時に速やかに処置が行えるといった体制が整っている場合、フルオロキノロンの予防投与をしないことも許容される。 ·
予防投与中にFNを発症し、経静脈的抗菌薬を開始した場合、その時点で予防投与としての抗菌薬は中止する。 ·
好中球減少期間が7日未満と予測される場合、抗菌薬の予防投与を一律には行わないことを強く推奨する。 ニューモシスチス肺炎の予防 ·
予防投与の薬剤はST合剤が推奨される。1日1錠の連日投与が標準的であるが、1日2錠の週2回投与、1日1錠の週3回投与でも十分な予防効果が得られるとの報告もある。 ·
ST合剤が投与困難な例では、アトコバン内服もしくはペンタミジン吸入を行うが、ST合剤に比べて予防効果は劣る。 ·
以下の患者に対してST合剤の予防投与を強く推奨する。 @同種造血幹細胞移植を受ける患者 A急性リンパ性白血病、成人T細胞性白血病の患者 BプリンアナログなどT細胞を減少させる薬剤の治療を受ける患者 C副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン換算で20mgを4週間以上)を投与される患者 D放射線治療とテモゾロミドの併用治療を受ける患者 ·
以下の患者に対してST合剤の予防投与を弱く推奨する。 @リツキシマブ併用薬物療法を受ける患者 抗真菌薬 ·
がん薬物療法による高度な好中球減少が予測される患者(好中球減少を伴う急性白血病および骨髄異形成症候群、粘膜障害を伴う自家造血幹細胞移植併用の大量がん薬物療法)に対する予防投与を強く推奨する。 ·
好中球減少が軽度である他の造血器腫瘍や固形腫瘍に対するがん薬物療法には推奨されない。 ·
急性白血病に対しては、防護環境下でFLCZを予防投与する場合もあるが、糸状菌感染リスクを有する患者ではトリアゾール系薬剤(ITCZ、VRCZ、PSCZ)やMCFGの予防投与を考慮する。 ·
骨髄腫に対しては、好中球数100 /μL未満で重症粘膜障害を伴う場合はFLCZもしくはMCFGを、好中球数100
/μL未満の期間が7日間を超える場合はVRCZもしくはPSCZの予防投与が推奨される。 抗ヘルペスウイルス薬 ·
自家末梢血幹細胞移植併用の大量がん薬物療法を受ける患者に対して、単純ヘルペスウイルス再活性化を予防する目的で抗ヘルペスウイルス薬の予防投与を強く推奨する。 ·
水痘・帯状疱疹ヘルペスウイルス再活性化を予防する目的で以下の患者に対して抗ヘルペスウイルス薬の予防投与を強く推奨する。 @ 自家末梢血案細胞移植併用の大量がん薬物療法を受ける患者 A ベンダムスチンの投与を受ける悪性リンパ腫患者 B プロテアソーム阻害薬の投与を受ける多発性骨髄腫患者 ·
固形腫瘍に対するがん化学療法においては、好中球減少期間が短く、ヘルペスウイルス再活性化の頻度も少ないため、予防投与を必ずしも必要としない。 G-CSF ·
以下の患者に対して予防投与が推奨される。 @ FNの発症頻度が20%以上のがん薬物療法を行う患者(強い推奨) A FNの発症頻度が10〜20%のがん薬物療法を行う患者(弱い推奨) ·
FNの発症頻度が10%未満のがん薬物療法を行う患者に対しては予防投与を推奨しない。 ·
がん腫ごとのエビデンスについては、日本癌治療学会が発刊している「G-CSF適正使用ガイドライン」を参照する。 |
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B.7.4 がん薬物療法を受ける患者に対する感染症スクリーニング/サーベイランス |
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B型肝炎 ·
がん薬物治療を行う場合、全例でB型肝炎のスクリーニング(HBs抗原、HBc抗体、HBs抗体)を行うことを強く推奨する。HBc抗体またはHBs抗原が陽性の場合、HBV-DNAを測定する。 ·
B型肝炎の感染状況や治療薬からHBV再活性化のリスクを判断し、核酸アナログの予防投与やHBV-DNA量のモニタリングを行うことを強く推奨する。 ·
HBV再活性化リスクは下記の通りである。 造血器腫瘍:HBs抗原陽性者48%、既往感染者18% 固形腫瘍:HBs抗原陽性者25%、既往感染者3% ※詳細は、日本肝臓学会 B型肝炎治療ガイドライン「免疫抑制・化学療法により発症するB型肝炎対策ガイドライン」のフローチャートを参照のこと(2024年10月時点で第4版)。 結核 ·
がん薬物治療を行う場合、結核患者との接触歴や結核の既往歴などの問診と胸部X線画像などによる結核のスクリーニングを行うことを強く推奨する。 |
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B.7.5 がん薬物療法を受ける・受けている患者に対する予防接種 |
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帯状疱疹ワクチン ·
がん薬物療法を受ける50歳以上の患者に対して、組換え帯状疱疹ワクチンの2回接種を弱く推奨する。 インフルエンザワクチン ·
がん薬物療法を受けている患者に対するインフルエンザワクチンの接種を強く推奨する。 肺炎球菌ワクチン ·
造血器腫瘍または固形腫瘍と診断された患者に対して、13価または15価結合型肺炎球菌ワクチンおよび23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチンの接種を弱く推奨する。 |