B.9. 複雑性腹腔内感染症

1.抗菌薬治療を開始するタイミング

・腹腔内感染症らしいと判断した時点で抗菌薬投与を開始すべきである。敗血症性ショックなら直ちに投与すべきである。(A-III)

・敗血症性ショックでなくても救急外来で抗菌薬投与を開始すべきである。(B-III)

・感染巣の治療介入中は抗菌薬量を十分量で維持するべきである。処置の開始前に抗菌薬の追加投与が必要になり得る。(A-I)

 敗血症性ショックでは1時間以内。

 血行動態異常、臓器障害ない患者では来院後8時間以内。

 術前抗菌薬予防投与は1時間前に投与したほうが効果的。

 

2. 適切な感染源制御

・腹腔内感染症はほぼ全例、感染巣のドレナージや切除などで適切に感染巣の処置を行い、腹腔内汚染をコントロールして解剖学的/生理学的な機能を回復させることが推奨される。B-II

・汎発性腹膜炎なら、全身状態を安定させる処置を継続しなければならない状況でも、直ちに緊急の外科処置を施行すべきである。B-II

・経皮的ドレナージが可能な膿瘍や境界明瞭な液体貯留であれば外科処置より経皮的ドレナージのほうがよい。B-II

・急性臓器不全の所見がなく血行動態が落ち着いていれば準緊急の処置をとる。適切な抗菌薬投与と注意深い経過観察ができれば,処置は24時間まで延期可能な場合がある。B-II

・重症腹膜炎では、腸管の不連続性の所見、腹壁閉鎖を予防するための腹膜筋の消失、腹腔内高血圧がない限り、ルーチンで再開腹すべきでない。A-II

・身体症状が極僅かで、傍虫垂領域/傍大腸領域の感染など感染巣の境界が明瞭な場合、厳密な経過フォローが可能であれば、抗菌薬のみで治療できる例もある。B-II

 

3. 検体採取

・患者が臨床的に毒素性または免疫不全なら、菌血症かどうかで抗菌薬治療の期間が変わってくる可能性がある。B-III

・市中感染では感染性検体のグラム染色をルーチンで行う意義があるというEvidenceはない。C-III

・医療関連感染症では、グラム染色で酵母様真菌の存在がわかるかもしれない。C-III

・市中感染での低リスクの患者に対してルーチンの好気、嫌気培養を行う必要はないが、市中の腹腔内感染症に関連する病原微生物の耐性パターンの疫学的変化を把握でき、内服治療のフォローアップの指標にできるかもしれない。B-II

・大腸菌は市中においても第3世代セフェム系薬の耐性率が20%以上あるため、穿孔した虫垂炎などの市中腹腔内感染症でもルーチンで培養と感受性検査を行うべきである。B-III

・市中腹腔内感染の場合、エンピリックな抗菌薬治療が一般の嫌気性菌をカバーするものであれば嫌気培養する必要はない。B-III

・ハイリスクの患者、特に以前抗菌薬治療を受けていて耐性菌を持っている可能性が高い場合、ルーチンで感染巣の検体を培養すべきである。A-II

・腹腔内感染巣から採取した検体は感染源を反映しているはずだと考えられる。B-III

細菌を疑う場合は(液体か組織を少なくとも1ml以上,多い方がいい)、真菌を疑う場合は10mL以上の検体量が望ましい

・必要に応じ嫌気性菌検査専用容器(嫌気ポータなど)を使用し、少なくとも0.5mlの液体又は0.5gの組織を検査室へ輸送する。

必要時とは:

    ・検体量が少ない場合(1mL以下)

    ・夜間、休日など、すぐに検体処理ができない

     時間帯に検体採取する場合

Pseudomonas, Proteus, Acinetobacter, Staphylococcus aureusや腸内細菌科は、耐性菌が多いので感受性検査をすべきである。A-III

 

4. 推奨されている抗菌薬

市中感染(小児)

市中感染(成人)

軽症〜中等症虫垂炎の穿孔/膿瘍等

重症、高齢/免疫不全等

単剤

MEPM, IPM/CS, PIPC/TAZ

CMZ, FMOX

MEPM, DRPM, IPM/CS, PIPC/TAZ

併用

CTRX, CTX, CFPM, CAZ +MNZ

 

GM, TOB + MNZ or CLDM ±ABPC

CEZ, CTRX, CTX

 +MNZ

CPFX, LVFX, CAZ, CFPM +MNZ

 

5重症の市中腹腔内感染

APACHE IIスコア15点以上または高リスクの場合、グラム陰性菌に広域の活性をもつメロペネム,イミペネム/シラスタチン, ドリペネム, ピペラシリン/タゾバクタム単剤かシプロフロキサシン、レボフロキサシン、セフタジジム、セフェピムにメトロニダゾール併用が推奨される。

  

※高リスク:初期治療の遅れ 24時間以上、APACHE スコア15点以上、高齢、臓器障害、低アルブミン、低栄養、広範囲な腹膜炎、十分デブリードメントやドレナージコントロールができない。悪性腫瘍の存在

大腸菌におけるキノロン耐性の比率が高く用いるべきではない。A-II

アズトレオナム+メトロニダゾールは代替だが、追加でグラム陽性球菌をカバーすべき。B-III

成人では耐性菌でなければアミノグリコシドや他の通性グラム陰性桿菌治療薬は推奨されない。A-I

腸球菌に対するエンピリックな治療は推奨される。B-II

MRSAや真菌に対する治療は感染の所見が無ければ推奨されない。B-III

ハイリスクの患者では、抗菌薬は培養、感受性結果に応じて抗菌薬を調整すべきである。A-III

 

6. 成人の医療関連腹腔内感染

・医療関連腹腔内感染症のエンピリック抗菌薬治療は地域特性に基づいて決めるべきである。A-II

・可能性の高い病原微生物をカバーするため通性嫌気性グラム陰性桿菌に対して広域の活性をもつ薬剤を含む多剤併用療法が必要になり得る。

 メロペネム, イミペネム/シラスタチン, ドリペネム, ピペラシリン/タゾバクタム,

 メトロニダゾールにセフタジジムやセフェピム併用

 アミノグリコシドやコリスチンが必要な場合もある。B-III

広域抗菌薬治療は培養、感受性検査が返ってきたときに、薬剤を減らしたり、スペクトラムを狭めるべきである。B-III

 

院内腹腔内感染症のEmpiric Therapy

カルバペネム

PIPC/TAZ

CAZ,CFPMMNZと併用

アミノグリコシド

VCM

耐性20%以下の緑膿菌, ESBL産生菌,Acinetobacter,

多剤耐性グラム陰性桿菌

×

×

ESBL産生菌

×

×

MRSA

×

×

×

×

 

7. 真菌治療

・重症の市中感染や医療施設感染の場合、腹腔内検体の培養でCandidaが検出されれば真菌治療が推奨される。B-II

C. albicansが検出されればフルコナゾールを選択。B-II

・フルコナゾール耐性のCandida属ではキャンディン系(カスポファンギン, ミカファンギン,)による治療が適切である。B-III

・重症の患者では、アゾール系の代わりにキャンディン系による初期治療が推奨される。B-III

・アムホテリシンBは毒性があるので初期治療として推奨されない。B-II

・新生児では、カンジダ症が疑われればエンピリックの抗真菌薬治療を開始するべきである。

 C. albicansが分離された時は、フルコナゾールを選択 B-II

 

8. 腸球菌の治療

医療関連感染で腸球菌が検出された場合、治療を開始すべきである。B-III

医療関連腹腔内感染のエンピリック治療では腸球菌をカバーしたほうがよい。特に術後感染症、以前セファロスポリンや腸球菌をカバーする抗菌薬治療を受けている場合、免疫不全、弁膜症、血管内人工物がある場合に推奨される。B-II

エンピリックな抗腸球菌治療はEnterococcus faecalisをカバーする。

抗菌薬は分離菌の感受性検査に基づき投与される(アンピシリン, ピペラシリン/タゾバクタム, バンコマイシン)

バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対するエンピリック治療は極めてハイリスクで無い限り推奨されない(肝移植者での腹腔内感染で原発巣が肝胆道系又はVREの保菌が分かっている患者)B-III

 

9. MRSA治療

MRSAに対するエンピリックの抗菌薬カバーは医療関連腹腔内感染で保菌者、治療失敗歴、多数の抗菌薬暴露がある場合に行う。B-II

バンコマイシンはMRSAの腹腔内感染が疑わしい場合又は確定している場合に推奨される。A-III

 

10適切な抗菌薬投与量

複雑性腹腔内感染症でのEmpiricな抗菌薬治療は適切な量を投与し、最大の効果を得ながらにして毒性を最小に抑え、耐性菌の誘導を抑えるべきである。B-II

腹腔内感染症にアミノグリコシドを使う場合、体積と推測細胞外体液量で投与量を調節する必要がある。B-III

 

11. 微生物学的培養結果を抗菌薬治療に反映

市中腹腔内感染症で低リスクであれば、例えカバーできていない病原微生物が後から報告されても、感染巣の制御と初期治療で十分な臨床的反応が得られていれば治療変更は不要。B-III

軽症であっても耐性菌が初期の処置の際に検出され、感染の兆候が持続している場合には病原微生物に対する治療を要する。B-III

重症の市中感染症や医療関連感染症では、培養や感受性を参考にして抗菌薬を決める際、病原性や分離された菌量も考慮するべきである。B-III

・血液培養で病原性がみられる場合、もしくは2セット以上陽性となった場合、重要となる。A-I

ドレナージ検体から中〜高濃度で検出された際も同様である。B-II

 

12.  複雑性腹腔内感染症の治療期間

十分に感染源制御ができていない場合を除き、抗菌薬治療は4-7日間に留めるべきである。長期間の治療は予後を改善しない。B-III

急性の胃/空腸近位部の穿孔で、制酸薬治療歴や悪性腫瘍がない場合、24時間以内に感染源制御処置ができれば、好気性グラム陽性球菌をカバーした予防的抗菌薬24時間投与で十分である。B-II

急性の胃/空腸近位部穿孔で、処置が遅れた場合や、胃部悪性腫瘍、胃酸の抑制治療中である場合はmixed floraをカバーする抗菌薬治療を行うべきである。(:複雑性大腸感染) B-III

穿通性、鈍性、医原性の腸管損傷で12時間以内に治療できれば、術野の腸管内容による周術期汚染に対する抗菌薬投与は24時間以内にする。A-I

穿孔、膿瘍、限局性腹膜炎のない急性虫垂炎では好気性と通性、偏性嫌気性菌をカバーした狭域の予防的抗菌薬のみとし、24時間以内で中止すべきである。A-I

 

13. 経口、外来抗菌薬治療 

小児、成人において臨床所見/兆候が消失すれば抗菌薬治療継続する必要はない。B-III

腹腔内感染が治癒した成人で経口摂取可能かつ感受性検査で耐性がない場合、モキシフロキサシン、シプロフロキサシン+メトロニダゾール、レボフロキサシン+メトロニダゾール、経口セファロスポリン+メトロニダゾール又はアモキシシリン-クラブラン酸に切り替えが可能である。B-II

培養/感受性結果が静注治療薬のみに感受性であれば、外来で投与する場合がある。B-III

小児では腹腔内の炎症が持続していても、ドレナージ不要/解熱傾向/疼痛管理良好/経口摂取良好/歩行可能であれば、外来経静脈抗菌薬治療の適応となりうる。B-II

小児で経口薬のステップダウンを行う際、ドレナージ処置の際の腹腔培養結果を参考に、感受性があり狭域で、安全な経口摂取治療薬を選択する。

 感受性があれば第2世代のセファロスポリン+メトロニダゾール、アモキシシリン-クラブラン酸を選択し得る。

 また、緑膿菌, エンテロバクター,セラチア, シトロバクターを治療するときは、感受性があればフルオロキノロン(シプロフロキサシン、レボフロキサシン) が使用できる。B-III

 シプロフロキサシン又はレボフロキサシンを使う場合はメトロニダゾールを追加すべきである

分離された通性嫌気性グラム陰性桿菌の薬剤感受性は、小児/成人において薬剤選択の指標となる。B-III

感染源制御の処置を行わない患者の大部分は外来治療の場合もあり、経口抗菌薬のレジメンは初期治療にも静注抗菌薬治療後のステップダウン治療にも利用し得る。B-III

 

14. 治療に反応性しないとき

治療後4-7日において持続又は再発性の腹腔内感染がある患者では、CTや超音波などの適切な診断検査を行うべきである。抗菌薬治療が初期の起炎菌に効果的な場合は継続する。A-III

微生物学的に適切なエンピリックな抗菌薬治療を行っているものの、十分な臨床的反応が得られない場合、腹腔外の感染や非感染性の炎症を検索すべきである。A-II

初期治療に反応せず、感染のfocusが残存していれば、検体を採取し検査を実施すべきである。C-III

 

15. 急性虫垂炎が疑われる場合の診断とマネジメント

地域病院は、診断/病院内マネジメント/退院/外来治療の臨床的指針を作り、標準化する必要がある。B-II

指針は外科医に留まらず、感染症専門医/プライマリケア医/救急医/放射線医/看護師/薬剤師を含めて作成し、資源や地方の標準的ケアを反映すべきである。B-II

虫垂炎を特定する明確な所見はないものの、特徴的な腹痛/限局した腹部圧痛/急性炎症を反映する検査結果などの所見で虫垂炎の見落としは大幅に減る。A-II

虫垂炎疑いの場合、経口や直腸でなく、静脈の腹部〜骨盤造影ヘリカルCTが推奨される。B-II

女性の患者は全員画像診断を受けるべきである。妊娠の可能性がある場合は画像検査の前に妊娠検査を施行すべきである。もし妊娠第一期であれば超音波検査またはMRIにする。B-II

それでも断定できない場合、腹腔鏡検査又は限局したCT検査が必要になる可能性もある。B-III

小児も画像診断を施行すべきである。特に3歳以下で虫垂炎がはっきりしない場合に行う。

CTが有用であるが、放射線被曝を避けるために超音波を代用するのが妥当である。B-III

虫垂炎が疑われる患者で画像検査が陰性である患者では、可能性は低いが偽陰性の結果のリスクがないわけではないので、24時間経過観察して症状、兆候の消失を確認したほうが良い。

虫垂炎が疑われる患者で画像診断により確定も除外もできない場合、注意深く経過観察すべきである。A-III

疑いが強ければ入院させてもよい。A-III

虫垂炎と診断すれば全例抗菌薬投与を行うべきである。A-II

通性好気性グラム陰性桿菌、嫌気性菌をカバーした抗菌薬治療が適切である。市中腹腔内感染症では詳細は市中腹腔内感染症の表参照。A-I

虫垂炎が疑われるものの画像診断ではっきりわからない場合、必要に応じて鎮痛薬/解熱薬と共に抗菌薬投与を始めるべきである。

 成人では、臨床所見が改善する又は確定診断がなされるまで最低3日間、抗菌薬治療を続けるべきである。B-III

急性の非穿孔性の虫垂炎では、手術適応がありで実行可能性であれば速やかに施行できる。手術は施設環境の事情により短期間であれば延期できるかもしれない。B-II

腹腔鏡と開腹虫垂切除はどちらも選択可能であり、どちらにするかは外科医の経験値から決定する。A-I

急性の非穿孔の虫垂炎で手術前に患者の状態が著名に改善した場合、保存的治療も可能である。B-II

保存的治療は、男性で、48時間入院し、抗菌薬治療24時間で臨床的兆候所見が改善した場合にも考慮する。A-II

穿孔した虫垂炎では十分に感染源制御するため準緊急の処置を施行すべきである。B-III

境界がはっきり判る傍虫垂膿瘍では経皮ドレナージや必要時手術によるドレナージで処置できる。虫垂切除は一般に延期できる。A-II

急性反応を呈して数日間で来て、傍虫垂の炎症、経皮的ドレナージができない微小膿瘍がある場合、処置が複雑になるため感染源制御の処置を遅らせる、またはしないという選択肢もある。この場合、憩室炎の要領で、抗菌薬治療し入院でフォローし治療する。B-II

穿孔した虫垂炎に対する経皮的ドレナージの後の待機虫垂切除術や保存的治療はcontroversialであり、必要無いかもしれない。A-II

(75-90%で不要との2つのreviewがある)

 

参考文献

1)      Diagnosis and Management of Complicated Intra-abdominal Infection in Adults and Children: Guidelines by the Surgical Infection Society and the Infectious Diseases Society of America. Clinical Infectious Diseases 2010;50:133–64