B.8尿路感染症 |
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主に細菌の上行性感染による非特異的炎症であり、尿路および全身性の基礎疾患の有無から単純性と複雑性に、感染臓器別に膀胱炎と腎盂腎炎とに分類する(表1)。 表1 尿路感染症の臨床分類
一般に単純性尿路感染症は急性の、複雑性尿路感染症では慢性の臨床経過をとる。単純性と複雑性とで原因菌の分離頻度が異なることも特徴である。抗菌薬の多くは腎排泄型であり、抗菌薬の尿中濃度を高く維持できるが、その結果として耐性菌の選択圧も高くなる。従って、病型、原因菌の感受性および抗菌薬の安全性を考慮して、empiricに適切な薬剤を選択し適切な日数で投与する(表2)。管理不良な糖尿病、副腎皮質ステロイドや抗癌剤投与などによる感染防御機能低下は重症化の危険因子である。 表2 尿路感染症の病型、起炎菌と抗菌薬の選択
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B.8.1 (急性)単純性膀胱炎 |
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1) 疾患の定義 スクリーニング検査で尿路に基礎疾患が認められない細菌感染による膀胱粘膜の非特異的炎症であり、膀胱刺激症状を訴える。抗菌薬で速やかな治癒が期待できるが、再発も多い。 2) 臨床症状 頻尿、排尿痛、尿混濁が3主徴で、残尿感、膀胱部不快感なども伴う。発熱はない。 3) 原因菌 大腸菌が80%前後を占め、他の腸内細菌科細菌群15%、ブドウ球菌属が5%である。 4) 必要な検査 ・尿検査;一般定性反応、沈渣鏡検、尿フローサイトメトリー法、細菌定量培養 ・理学的検査;発熱の有無、膀胱刺激症状の確認 5) 診断 ・尿所見(細菌尿・膿尿)と理学所見から診断する。尿の採取方法が重要で、女性ではカテーテル尿が信頼性の高い検体となるが、通常は正しい採取手順で得た中間尿を用いる。 ・細菌尿;尿細菌定量培養を行う。一般的な有意の細菌尿は≧103 CFU/mL。 ・膿尿;非遠心尿の計算盤法で白血球数が≧10
cells/mm3を陽性とする。尿沈渣鏡検法では白血球数が≧5 cells/hpfを陽性とする。 ・通常、白血球増多やCRPは異常値が認められないので、検査は不要である。 6) 治療;抗菌薬の選択と使い方 ・第一選択薬;経口β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬(AMPC/CVA) 7日間投与 ・閉経前の女性でもグラム陰性菌におけるキノロン耐性が増加傾向にあることから、キノロン系を常に第一選択薬とすることは控える。ただし、鏡検で球菌が確認されたら、キノロン系薬、桿菌が確認されたらセフェム系薬を選択する。 ・投与終了後に症状、膿尿、細菌尿の正常化を確認することで効果判定し、さらに1週間後に再発の有無を確認する。治癒困難例や頻回の再発例については泌尿器科医に紹介し尿路の基礎疾患を再検索する。妊婦の急性膀胱炎や無症候性細菌尿に対しては経口セフェム系薬の5〜7日間の短期間投与が標準で、ニューキノロン系抗菌薬は禁忌である。 |
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B.8.2 (急性)単純性腎盂腎炎 |
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1) 疾患の定義 尿路及び全身性の基礎疾患が認められない腎盂粘膜の非特異的な細菌感染症。性的活動期の女性に好発し、原因菌の腎盂粘膜への付着・増殖から進展した腎感染症であり、発熱と患側の腎部痛を主症状とする。経口抗菌薬で外来治療可能な軽症例から、入院治療を要するが経口薬あるいは注射薬で短期に治癒が期待できる中等症、敗血症や播種性血管内凝固症候群(
DIC )を伴う重症例がある。 2) 臨床症状 発熱、悪寒、全身倦怠などの全身症状と腎部痛、肋骨脊椎角(CVA)叩打痛などの局所症状がある。悪心・嘔吐などの消化器症状が認められることも少なくない。重症例では腎膿瘍・腎周囲膿瘍へ進展し、敗血症性ショックに進展する場合がある。 3) 原因菌 大腸菌が80%前後を占め、他の腸内細菌科細菌群15%である。原因菌が明らかにできない症例がある。 4) 必要な検査 ・尿検査;一般定性反応、沈渣鏡検、細菌定量培養・薬剤感受性検査 ・血液検査;末梢血、白血球分画、CRP、肝腎機能検査 ・腹部エコー;尿路閉塞の有無をスクリーニングする上で必須の検査である。 ・造影CT;局在診断と重症度判定に優れている。 ・血液培養;尿路原性敗血症を疑う場合には必須である。 5) 診断 ・細菌尿;尿細菌定量培養を行い、一般的に有意な細菌尿は≧103 CFU/mL ・膿尿;非遠心尿を用いた計算盤法により白血球数が≧10 cells/mm3を陽性とする。 ・白血球増多と核の左方移動、CRPの高値が認められ、診断および治療効果の指標になる。 6) 治療;抗菌薬の選択と使い方 <軽症〜中等症例> 経口ニューキノロン系薬または経口セフェム系薬の7〜14日間投与。中等症では重症例の標準的注射薬を使用することもできる。投与終了後に症状、膿尿、細菌尿およびCRPの正常化を確認することで効果判定し、さらに1週間後に再発・再燃の有無を確認する。尿路の基礎疾患の有無は泌尿器科専門医に依頼して検索する。 <重症例> 第2世代以降のセフェム系注射薬を第1選択、β-ラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリン系注射薬、アミノ配糖体薬薬、キノロン系薬を第2選択とし、解熱後に経口ニューキノロン系薬または経口セフェム系薬を7〜10日間追加投与とする。3日間の注射薬投与で解熱が得られない場合や敗血症を伴う場合は、尿細菌培養の感受性検査結果をもとに抗菌薬の変更を検討するが、第4世代セフェム系注射薬、カルバペネム系注射薬およびニューキノロン系注射薬が有効な場合が多い。投与終了後に症状、膿尿、細菌尿およびCRPの正常化を確認することで効果判定し、さらに1週間後に再発の有無を確認する。発熱や嘔吐に伴う脱水を補正するために輸液が必要である。腎膿瘍・腎周囲膿瘍、気腫性腎盂腎炎等の検索のために腹部造影CTが有用である。 |
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B.8.3 複雑性尿路感染症 |
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1) 疾患の定義 尿路に何らかの基礎疾患のある尿路感染症であり、小児から高齢者に至る幅広い年齢層にみられる。尿路の基礎疾患として、小児では腎盂尿管移行部狭窄症や膀胱尿管逆流症などの先天奇形による尿流障害が多く、高齢者では神経因性膀胱、前立腺肥大症、水腎症、尿路結石症、尿路上皮悪性腫瘍などが多い。基礎疾患の除去により治癒が得られるものから、細菌尿が持続し急性増悪を繰り返す例まで様々である。 2) 臨床症状 膿尿と細菌尿は認められるが、自覚症状を欠くか乏しい病態である無症候性細菌尿がみられることが特徴である。複雑性膀胱炎や複雑性腎盂腎炎の急性増悪時には急性膀胱炎や急性腎盂腎炎と同様の急性の炎症症状を呈する。男性の尿路感染症の多くは尿路基礎疾患に起因した複雑性尿路感染症であり、基礎疾患の検索が必須である。小児では発熱以外の尿路症状が乏しいこともあるため、尿検査所見が重要である。 3) 原因菌 大腸菌を含む腸内細菌、緑膿菌を主としたブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌、ブドウ球菌と腸球菌の三者がほぼ同様の割合を占める。抗菌薬による治療が頻回に施行されている症例も多く、MRSA
や緑膿菌のような多剤耐性を示す菌が分離されることが少なくない。 4) 必要な検査 ・尿検査;一般定性反応、沈渣鏡検、尿フローサイトメトリー法、細菌定量培養・薬剤感受性検査 ・血液検査;末梢血、白血球分画、CRP、肝腎機能検査 ・腹部エコー;尿路閉塞の有無と程度を評価する。 ・泌尿器科検査;尿道膀胱内視鏡検査、静脈性腎盂造影、排尿時膀胱造影など。 ・造影CT;局在診断と重症度判定に優れる。 5) 診断 ・細菌尿;一般的には男性の中間尿および女性のカテーテル尿では≧104 CFU/mL、女性の中間尿では≧105 CFU/mLを有意とする。 ・膿尿;非遠心尿の計算盤法で白血球数≧10
cells/mm3を陽性とする。従来の尿沈渣鏡検では白血球数が≧5 cells/hpfを陽性とする。 ・有熱性の腎盂腎炎では血液検査において白血球増多と核の左方移動、CRPの高値が認められ、診断および治療効果の指標になる。膿尿は認められるが細菌尿が認められない無菌性膿尿では尿路結核を鑑別するために尿の抗酸菌培養を行う。その際、ニューキノロン系薬は数日間投与を中止した後に検査を行う。 6) 治療;抗菌薬の選択と使い方 尿路における基礎疾患の診断・治療と適切な尿路管理が重要である。尿路閉塞は複雑性尿路感染症を重症化する因子であり、抗菌薬の投与と同時に泌尿器科的処置による閉塞の解除やドレナージが必須である。各種抗菌薬に耐性を示す菌が分離されることが多いため、尿細菌培養・薬剤感受性試験に基づいた抗菌薬の選択が必要である。無症候性細菌尿は患者の75-90%は症候性の感染症を発症しないため積極的な抗菌薬投与の対象にならない。しかし、頻尿や排尿痛などの膀胱刺激症状が認められる急性増悪時には経口ニューキノロン系薬のよい適応である。複雑性腎盂腎炎の急性増悪では高熱が認められる場合が多く、尿路閉塞とともに菌血症に伸展することもみられるためβ-ラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリン系注射薬、第4世代セフェム系注射薬を第一選択薬とし、解熱後に経口ニューキノロン系薬または経口セフェム系薬を7〜10日間追加投与とする。 |
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B.8.4カテーテル関連尿路感染症(CAUTI) |
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感染対策マニュアル 尿路カテーテル関連感染を参照 1)
臨床症状 無症状であることがほとんどである。有症状の場合は発熱・悪寒などの全身症状と腰痛・肋骨・脊椎角部圧痛、急性の血尿、骨盤部不快感などの局所症状がみられることがある。 2)
原因菌 大腸菌を含む腸内細菌目細菌、緑膿菌を主としたブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌、腸球菌、ブドウ球菌、カンジダ属など。 3)
必要な検査 ・尿検査;一般定性反応、沈渣鏡検、細菌定量培養・薬剤感受性検査 ・血液検査;末梢血、白血球分画、CRP、肝腎機能検査 4)
診断 2009年のIDSAガイドラインではCAUTIの診断基準として尿の定量培養で≧103CFU/mL以上で発熱などのUTIに合致する症状がある場合としている。、 5)
治療;抗菌薬の選択と使い方 無症候性細菌尿では治療をしない。カテーテルは可能であれば抜去し、抜去が難しく2週間以上留置されている場合は、治療開始前にカテーテルを入れ替える。また、長期間留置されたカテーテルからはカテーテルの定着菌が培養され真の原因菌を反映しないことがあるため、入替後に採取した検体の方が望ましい。 原因菌はグラム陰性桿菌の頻度が高いので、empirical therapyは抗緑膿菌作用がある広域抗菌薬を施設の感受性パターンを参考に選択し、培養結果に基づいてde-escalationする。原因菌の推定に尿のグラム染色は有用であり、レンサ状のグラム陽性球菌が観察された時や免疫不全患者、重症例では腸球菌にも有効な抗菌薬を選択した方がよい。 参考文献 1)
日本感染症学会・日本化学療法学会 感染症治療ガイド 2023
2)
日本感染症学会編 感染症専門医テキスト 第I部解説編 尿路感染症 p680-690, 2011年 南江堂 東京 |