MRSA

耐性機序

特徴

感染経路

伝播防止対策

隔離の基準

隔離病室運用

積極的監視培養

保菌検査

患者への説明

 

耐性機序

1)    メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus):メチシリンやオキサシリンに耐性になった黄色ブドウ球菌。

2)    耐性メカニズム:細胞壁合成酵素である新たなペニシリン結合蛋白2’PBP2’)が出現することによる。PBP2’の遺伝子mecAを含む遺伝子領域が、他の菌種から黄色ブドウ球菌に持ち込まれ、染色体上に挿入されたことによる。

3)    多剤耐性:ほとんどのMRSAが、ペニシリンだけでなく、セフェム系、カルバペネム系、ニューキノロン系、アミノグリコシド系薬剤など多剤に耐性となっている。

4)    当院ではオキサシリンのMIC4μg/mLまたはセフォキシチンのMIC8μg/mLで判定する。

 

特徴

1)      ヒトや動物の皮膚、消化管内に常在するグラム陽性球菌。通常は無害である。

2)      皮膚の化膿症や膿痂疹、毛嚢炎、蜂巣炎などの皮膚軟部組織感染症から、肺炎、腹膜炎、敗血症、髄膜炎など様々な重症感染症の原因となる。

3)      エンテロトキシンやトキシックショック症候群毒素 (TSST-1)などの毒素を産生するため、食中毒やトキシックショック症候群、腸炎などの原因菌ともなる。

4)      MRSAの病原性は、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)と変わることはない。

5)      易感染状態の患者、高齢者・新生児では、各種の抗菌薬に抵抗性を示すため、治療が難渋し重症化する例が多い。一般的には内科系より外科系の患者で問題となる場合が多く、開腹・開胸手術後の術後感染や人工物挿入後の深部感染症などで治療困難な例が多い。

ブドウ球菌の分類と感染対策

 

コアグラーゼ陽性ブドウ球菌(Staphylococcus aures) 

病原性が強い

黄色ブドウ球菌

MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)

MSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)

 

接触感染対策

標準予防策

コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS, coagulase negative staphylococci

ほとんど病原性はない

表皮ブドウ球菌

MRSE(メチシリン耐性表皮ブドウ球菌)

MSSE(メチシリン感受性表皮ブドウ球菌)

その他のブドウ球菌

   MRCNS*(メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌) 

MSCNS(メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)

標準予防策

     *MRSと略される場合がある。

感染経路

1)    医療従事者の手指を介する接触感染。

2)    聴診器・血圧計などの医療器具を介した間接的な感染。

3)    排菌患者の床頭台、ベッド柵、病室のドアノブなど高頻度接触部位はMRSAで汚染されており、これらを介した伝播。

4)    排菌患者の医療・看護行為のあと、手指衛生や器具の消毒を十分行なうことなく次の患者に接する場合が最も感染を成立させやすい。

5)    ベッド周囲の床や壁など環境中に存在するMRSAが直接感染の原因となることはまれである。

 

伝播防止対策

1)    保菌者・感染者の医療行為の前後には手洗い・手指消毒を徹底する。

2)    排菌患者の体温計、マンシェット、聴診器は、ベッドごとに専用とするのが望ましい。

3)    気道に保菌している患者の気管内吸引(開放式)や口腔内吸引をする際には、MRSAが飛散する可能性が高いので、手袋(未滅菌)とプラスチックエプロンを着用する。

4)    咳嗽を伴う排菌患者や全身の皮膚に保菌している場合は、伝播が起こりやすくなるため特に注意が必要である。

5)    患者の体位変換や着替えの際には、エプロンを着用する。

6)    患者周囲環境で医療従事者の白衣の汚染が予想されるときもエプロンを着用する。

7)    創処置の際には手袋を着用し、手袋着用前後で手指衛生を行う。

8)    保菌していない術後患者や易感染性患者の医療・看護行為の際には、MRSAを伝播させないよう前もって十分な手指消毒を行なう。

 

隔離の基準  →MRSAの隔離基準フローチャート(ダウンロード)

1)    MRSA感染症を発症している患者は原則として隔離する。

2)    MRSA保菌患者でも排菌量が多く周囲を汚染する可能性の高い場合

慢性呼吸器疾患患者、広範囲な皮膚病変のある患者、気管切開患者、便から検出され排便コントロールが困難な患者など。

3)    単なる鼻腔保菌者で咳嗽・鼻炎がない患者は、必ずしも隔離の対象とはならないが、患者周囲環境が汚染していることに留意し、接触感染対策をとる。

4)    病室の空床状況などの事情で個室が確保できない場合は、コホーティングによってMRSA保菌・患者を1部屋にまとめる。ただし、その場合、患者の医療器具は専用とし、個別に擦式消毒用アルコール製剤を配置する。

5)    やむをえず保菌していない患者と同室にする場合は、ベッドはできるだけ間隔をあけ、患者専用の医療器具、擦式消毒用アルコール製剤を配備して、医療従事者は患者ごとの手指衛生を遵守すること。

隔離病室の運用

1)    入口には手洗い施設、擦式消毒用アルコール製剤、手袋(未滅菌)、プラスチックエプロンを設置する。

2)    手袋等の廃棄のためのゴミ箱を設置する。

3)    体温計、聴診器、血圧計などは専用のものを設置する。

4)    その他の使用機器についても可能な限り専用とするが、共有する場合は、消毒用アルコールなどで清拭する。

5)    病室内の床頭台やベッド柵、ドアノブなど高頻度接触部位は、少なくとも12回消毒用アルコールで清拭する。床の清掃は通常どおり行なうが、消毒は不要である。

6)    リネン類は、MRSAが病棟内で飛散しないように注意し、ビニール袋に入れ、そのまま委託業者に提出する。病棟で洗濯する場合は、80 10分以上、洗剤を用いて加熱式洗濯機で行なう。

7)    カーテンは汚染の可能性が高いので、退院時・転室時には新しいものと交換する。

8)    食器類は通常の取り扱いでよい。

9)    保菌者は、病室でのレントゲン撮影や生理検査の際に配慮が必要であるため、ナースステーションにMRSA排菌者であることがわかるように明示する。(ただし明示する際には患者のプライバシー保護に配慮すること)

 

積極的監視培養

侵襲的な処置や口腔内吸引、体位変換などの介助など多くの看護行為が必要となる患者および前医での入院歴が長くMRSA保菌の可能性が高い患者は、入院時の鼻腔MRSAスクリーニング検査が望ましい。特に保菌者の多い病棟や急性期病棟では、「保菌圧」の上昇により伝播の可能性が高くなるため、入院時の保菌状態の把握が重要である。

MRSA監視培養が望まれる患者

現在MRSA監視培養を行っている部署

1)MRSA感染症のリスクの高い手術前検査

心臓血管外科・呼吸器外科の開心・開胸術

整形外科のすべての手術

耳鼻科の皮弁による再建手術

鼻腔MRSA保菌者は可能な限り術前にバクトロバン(ムピロシン)を用いた除菌を行うこと、予防抗菌薬にバンコマイシンを併用することを考慮する。

2)NICUGCUの入院患者(1週間ごと)

3)ICU・救急病棟の入室患者(入室時および1週間隔)

ICU・救急病棟入室患者で鼻腔からMRSAが検出された場合はバクトロバン(ムピロシン)を用いた除菌を行う。

 

入院時の積極的MRSA監視培養が望まれる場合

1)MRSAの感染症・保菌者の増加がみられる病棟や診療科の入院患者

2)過去にMRSAの保菌が確認されたている入院患者

3)最近2週間以上にわたり広域抗菌薬が継続して使用されている患者

4)MRSA伝播リスクのある全身性皮膚疾患を有する患者

なお入院後にも、上記のような保菌リスクの高い入院患者については、適宜提出できる。

 

医療従事者の保菌検査について

1)    医療従事者の定期的な保菌検査は行なう必要はない。

2)    医療従事者の鼻腔にも、MRSAは常在または一過性に付着していることがあり、患者に伝播する可能性があるため、手洗い・手指消毒を徹底すること。

3)    アウトブレイク時に特定の医療従事者からの伝播が推定されるときは施行する場合もある。

 

患者・家族への説明

患者および家族に適切な内容の情報を提供し、不安を取り除くとともに、MRSA伝播防止に理解や協力が得られるように、説明と指導を行なう。

説明の際の留意点を以下に示す。

1)      MRSAの概要:多剤耐性菌であるが病原性は通常の黄色ブドウ球菌と変わらないこと。健康者ではほとんど問題を生じないが、術後患者や侵襲的治療を受けている患者では感染症を発症することがあること。

2)    治療方針の説明:多くの抗菌薬に耐性であるが、特定の感受性のある抗菌薬の使用で治療が可能であること。

3)    伝播予防:人の手指によって蔓延するため、手指衛生の徹底や、場合によっては手袋・エプロンの着用が必要となること。また保菌者自身にも手指衛生について協力をお願いする。

4)    プライバシー保護の遵守:保菌しているという理由で他の患者と不必要な差別をすることがないよう配慮する。