鹿児島大学病院からのお知らせ

中学生の訪問学習受入を実施しました

 3月5日、鹿児島市立鹿児島玉龍中学校の1年生5名が訪問学習のため来院し、消化器内科にて受け入れを行いました。
 同中学校は総合的な学習の時間の一環として校外学習活動を実施しており、本院では、「健康で安全な街づくり」のテーマに基づき、病院職員へのインタビューを目的とした訪問学習が行われました。
 当日は、消化器内科 馬渡 誠一 医局長へ「患者さんの安全を守るために心がけていること」や「他の部署との連携はどのように行っているか」などの質問があり、時折、笑顔を交えながらも、真剣にメモを取る姿が印象的でした。

(写真)インタビューを行う中学生と馬渡医局長の様子

鹿児島キワニスクラブ様よりキワニスドールを寄贈いただきました

 鹿児島キワニスクラブ様より本院小児科へキワニスドール寄贈のお申し出をいただき、3月4日、贈呈式を行いました。
 キワニスクラブは、子どもたちのための奉仕活動に力を入れている民間の三大国際奉仕団体の1つです。
 今回、寄贈いただいたキワニスドールは、木綿生地にポリエステル綿を詰めた身長約40cmの無地の人形です。小児科の医師が人形に内臓の絵を描いて治療の説明をする等、恐怖心を取り除きながら診療・治療を進める際に使用します。
 贈呈式には、鹿児島キワニスクラブ 堂岡敏彦 会長、山中憲幸 副会長、小西正則 様にご出席いただき、堂岡会長の挨拶の後、キワニスドール30体を寄贈いただきました。
 引き続き、坂本病院長より御礼の言葉が述べられ、感謝と敬意を表し、鹿児島キワニスクラブ様へ感謝状が贈られました。

(写真①)坂本病院長(左)と堂岡会長(右)
(写真②)寄贈いただいたキワニスドール
(写真③)左より 前列:坂本病院長、堂岡会長、岡本小児科部門科長
後列:川村小児科病棟医長、山中副会長、小西様、田代小児科看護師長

令和5年度第2回桜ヶ丘地区消防訓練を実施しました

 2月29日に令和5年度第2回桜ヶ丘地区消防訓練を実施しました。
 この訓練は、火災発生時の防火体制の確立を目的に、本院を含む鹿児島大学桜ヶ丘キャンパスの教職員全体を対象に毎年行われているものです。
 今回は、火災発生場所を明らかにせず実施するブラインド訓練として、非常放送による状況の把握から通報、初期消火、一時避難、避難誘導、火災対策本部への状況報告まで、教職員が一連の手順を確認しながら、連携して訓練に臨みました。
 訓練実施後には、指導いただいた鹿児島市消防局脇田分遣隊より講評があり、火災発生時における役割や避難場所について、助言をいただきました。
 今後も本院では患者さんの安全・安心の確保のため、職員の防火・防災の意識向上および防火体制の強化に努めて参ります。

(写真①)模擬患者を搬送する様子
(写真②)患者(乳児)避難の訓練を行う看護師
(写真③)火災対策本部において情報収集を行う様子

看護部職員が救命措置を行い、感謝状を授与されました

 本院看護部所属の職員2名が鹿児島市消防局より救急功労者として表彰され、感謝状を授与されました。授与を受けた職員は、看護部 地域医療連携センター所属の荒田 友紀さん、救急病棟所属の有川 夏美さんです。贈呈式は1月24日、消防局でありました。
 令和5年10月、有川さんが鹿児島市内を友人と車で走行していたところ、歩道で倒れている男性を発見し、すぐに車を降りて声掛けを行いました。その後、通りかかった荒田さんと連携して、心臓マッサージなどの救命措置や119番通報を実施しました。通報から5分程経過した後に、救急車が到着し、男性は救急隊により搬送されました。一時は意識を失った男性でしたが、無事に回復され、社会復帰を果たされたそうです。
 有川さんは、「本院でBLS(一時救命処置)研修を受けて間もない時だったので、何をすべきか手順や注意事項を思い出しながら、処置を行うことが出来た。現在、救急病棟に所属しているので、日頃から迅速かつ適切な看護を行えるよう努力していきたい。」と話されました。

(写真①)感謝状を授与された有川さん
(写真②)鹿児島市消防局より贈られた感謝状

令和6年能登半島地震に係る日本医師会災害医療チーム(JMAT)医師を被災地へ派遣しました

 令和6年能登半島地震被害に伴い、鹿児島県医師会より協力要請を受け、社会医療法人聖医会サザン・リージョン病院が編成する日本医師会災害医療チームJMAT ※1の一員として、本院より医師1名を派遣しました。
 本院職員を含むJMATは、2月24日から2月27日までの4日間、石川県内での活動を予定しており、避難所(ホテルや旅館、民泊施設など含む)における巡回診療にあたります。
 2月22日には、派遣を控えた医師(集中治療部 下野 謙慎助教)と坂本 泰二病院長、吉浦 敬副病院長(災害対策担当)、垣花 泰之救命救急センター長などの関係者が会し、活動のスケジュールや業務内容等について、情報共有が行われました。
 各参加者より激励の言葉が贈られ、派遣職員からは、「被災された方々の急性期後の医療支援は、非常に重要だと考えている。被災地の現状をしっかりと把握し、適切な医療支援を行いたい。」と抱負が述べられました。

※1 JMAT(日本医師会災害医療チーム Japan Medical Association Team )
被災者の生命及び健康を守り、被災地の公衆衛生を回復し、地域医療の再生を支援することを目的とした医療支援チーム

(写真①)情報共有を行う坂本病院長と下野助教
(写真②)左より 前列:坂本病院長、下野助教
         後列:染矢事務部長、吉浦副病院長、垣花救命救急センター長

令和6年能登半島地震に係る日本災害リハビリテーション支援協会(JRAT)チーム活動報告

 令和6年能登半島地震における被災地の医療支援のため、日本災害リハビリテーション支援協会(JRAT)※1より医療支援の要請があり、本院から医師1名を2月5〜2月9日の日程で派遣しました。
 災害リハビリテーションは、大規模災害が発生した時に生活不活発病※2や災害関連死を防ぐために、リハビリテーション医療・医学の視点から関連専門職が組織的に支援を展開し、被災者や要配慮者などの早期自立生活の再建・復興を目指す活動です。
 今回、本院からの医師1名は恒心会おぐら病院スタッフ(理学療法士3名)とともに、石川県羽咋郡志賀町および輪島市門前地域で支援活動を行いました。
 志賀町では、各地に点在する自主避難所から指定避難所への集約が急ピッチで進められていました。現地の保健師とともに、複数の入所予定者に対して現状の能力評価を行い、他県からの支援スタッフ(ダンボールベッドの設置や避難所管理担当)も交え、最適と思われる環境設定を提案しました。
 また、輪島市門前地域では、現地ならびに災害時健康危機管理支援チーム(DHEAT)の保健師と連携し、介入の必要性が高い避難所や個人宅、介護保険施設を訪問し、施設や入所者の評価、問題点の抽出、環境設定などを行いました。介護保険施設によっては、被災者を受け入れることで入所者数は定員を大きく超えていましたが、自らも被災している職員の方々が限られた人的資源の中で精一杯工夫して業務に取り組んでいました。ところが、追い打ちをかけるように隔離が必要となる新型コロナ感染症が次々と発生しており、今後、入所者の生活不活発病のみならず、職員の疲弊も危惧される状況でした。そこで、現状の詳細について調査し、地域の医療福祉スタッフやJRAT本部へ伝達し、継続的な人的資源の投入など、今後の対応へと繋げました。
 支援中はレンタカーで移動しましたが、目的地までの道のりは、通行止めや路面の損傷、法面の崩落などがいまだ激しい箇所もあり、迂回路を確認し、安全に十分注意しながら慎重に向かう必要がありました。今後の余震の影響も心配です。
 現在、避難所の集約や仮設住宅への入所などが急ピッチで進められ、状況は変化してきていますが、高齢化率が非常に高い地域が多く、継続的な支援が必要です。

<JRAT派遣医師のコメント>
河村 健太郎 医師 (リハビリテーション科)
 現地では朝夕に交通渋滞が発生するため、どのチームも移動に多くの時間を要しておりました。限られた時間の中で、円滑に最大限の支援を行うためには、本部や現地のスタッフと密に連携しながら活動することが極めて重要であると感じました。今回の経験で得たことを、後続するJRATチームへしっかり引き継ぎたいと思います。今回の派遣に際し、応援ならびに後方支援してくださった皆々様にこの場をおかりして深く御礼申し上げます。

※1 JRAT(日本災害リハビリテーション支援協:Japan Disaster Rehabilitation Assistance Team)
平時から加盟団体が連携し、各地域において地域住民とともに災害に立ち向かう仕組み作りに寄与する。また、発災時に災害リハビリテーション支援チームを発足させ、被災者・要配慮者の生活不活性発病や災害関連死等の予防に関する活動を行う。

※2 生活不活発病
「動かない」(生活が不活発な)状態が続くことにより、心身の機能が低下して「動けなくなる」ことをいいます。

(写真①)医療福祉班の合同ミーティング
(写真②)避難所の環境評価
(写真③)屋外仮設風呂周辺の環境評価

●関連リンク (鹿児島大学病院からのお知らせ)
令和6年能登半島地震災害における日本災害リハビリテーション支援協会(JRAT)活動への医師派遣について

令和5年度被ばく傷病者対応訓練を実施しました

 2月10日(土)、川内原子力発電所の放射線管理区域内での汚染を伴う負傷者の発生に対する被ばく傷病者対応訓練を実施し、約40名の教職員が参加しました。
 訓練は、鹿児島県が九州電力川内原発(薩摩川内市)の重大事故に備え実施したもので、約210機関が避難手順や連絡体制を共有しました。当日は、薩摩半島西方沖を震源とする最大震度7の地震が発生し、放射線管理区域内をパトロール中の所員2名が負傷、うち1名が鹿児島大学病院へ救急車で搬送との想定で訓練が行われました。
 この訓練は、平成29年11月1日付けで、鹿児島県から「原子力災害拠点病院」の指定を受けたことにより、関係機関と協力しながら本院で実施しているもので、被ばく傷病者の汚染部分の除染と治療の訓練を行いました。また、「ホールボディカウンタ等搭載車(放射能測定車)」の設置場所や病院敷地内の走行経路の確認も併せて行われました。
 今回の訓練では、鹿児島県からの要請を受けた長崎大学高度被ばく医療支援センターの専門家から医療処置等の助言・指導を受けるなど、連絡体制や搬送経路の再確認も行い、関係機関の連携強化を図ることができました。
 今後、訓練結果を検証し、原子力災害医療対応マニュアル等の見直しを行う予定です。

(写真①) 長崎大学専門家によるストレッチャー養生の指導の様子
(写真②) 被ばく医療処置の様子

第79回九州地区国立大学病院長会議を開催しました

 第79回九州地区国立大学病院長会議が、2月9日、本院を当番校として、ソラリア西鉄ホテル鹿児島にて開催され、九州地区の国立大学病院8校の病院長及び事務部長、計15名が参加しました。
 本会議は、診療・教育・研究に係る諸問題及びこれに関連する重要事項について協議し、相互の理解を深めることを目的として、九州地区の国立大学病院の病院長、事務部長が年に1回会し、開催されます。
 今年度は当番校である本院病院長 坂本泰二の挨拶により開会し、「新型コロナ、働き方改革、エネルギー価格高騰の影響等に対する病院経営改善策の取組みについて」や「医師の働き方改革に伴う自己研鑽の取扱いについて」など事前に提案された5つの協議事項、1つの承合事項について、活発な議論が交わされました。
 会議終了後には、情報交換会が開催され、各病院の現状や課題等を主な話題として、積極的な交流が行われました。

(写真①)会議の進行を行う坂本病院長
(写真②)会議の様子

令和6年能登半島地震に係る日本医師会災害医療チーム(JMAT)活動報告

 令和6年能登半島地震における被災地の医療支援のため、日本医師会より医療支援の要請があり、日本医師会災害医療チーム(JAMT)※1として、本院から医師2名を1月29〜2月1日の日程で派遣しました。
 本院からの医師2名は、鹿児島市医師会病院スタッフ(看護師2名、業務調整員1名)とともに、石川県輪島市門前地域での本部運営および避難所巡回診療、発熱外来等の活動を行いました。本部運営では、輪島市門前総合支所の役所の方々や保健師の方、JMAT以外に支援で入っている災害派遣医療チーム(DMAT)や災害時感染制御支援チーム(DICT)などの他の医療チームとの情報共有や業務連携を行いました。また、地域の開業医の業務軽減のため、発熱患者を診察する発熱外来の運用/診察や、約30箇所もある一次避難所において、医療ニーズがある方への訪問診療等を行いました。門前地域は輪島市近郊で、被害も大きく、交通アクセスもスムーズではない地域であり、まだまだ多くの方が一次避難所の厳しい環境で身を寄せて避難をされておりました。避難生活も長期化することが予想され、急性期の疾患だけでなく、今後高齢者施設での褥瘡や密集空間での感染症の蔓延といった新たな問題が懸念されます。医療ニーズは経時的に変化すると思いますが、継続的な支援が必要になってくると思います。
 一日も早い復旧・復興をJMAT隊、鹿児島大学病院職員一同お祈り申し上げます。

<JMAT派遣医師のコメント>
政所 祐太郎 医師(救急・集中治療部)
1ヶ月ほど経過した段階での被災地入りでしたが、まだまだやるべきことはたくさん残っているな、というのが第一印象でした。JMATは、地域の開業医や保健師、行政で医療が完結できるようなところまで医療支援を続けることが目的ですので、本当に多くの方々とコミュニケーションをとって支援を行いました。短期間の活動で目に見える効果があったわけではないですが、鹿児島から送り出して頂いた多くの方の気持ちを込めて精一杯支援を行いました。我々の活動報告により、鹿児島から被災地へさらに支援の輪が広がって欲しいと思います。

 中村 壮史 医師(救急・集中治療部)
被災された方々は厳しい環境の中で長期間生活されており、JMATとして数日間ではありましたが、医療面で少しでも役に立てるよう支援活動を行いました。被災地生活における問題点、住民の方や他職種で支援されている方との関係性づくりは、実際に現地で活動してみて初めて分かる部分も多くありました。早期の復興のためには、意見を共有しながら被災者及び支援者が一丸となり同じ方向を向いて進んでいくことが大切だと感じました。これからも支援活動は続きますが、今回の経験を伝えることで被災地へより多くの支援の意識が生まれることを願っています。

※1 JMAT(日本医師会災害医療チーム:Japan Medical Association Team)
被災者の生命及び健康を守り、被災地の公衆衛生を回復し、地域医療の再生を支援することを目的とする災害医療チーム。

(写真①)市役所支所関係者らとのミーティング
(写真②)他県JMATやDICTとのミーティング
(写真③)避難所での医師による診察

●関連リンク (鹿児島大学病院からのお知らせ)
令和6年能登半島地震に係る日本医師会災害医療チーム(JMAT)医師を被災地へ派遣しました

令和6年能登半島地震に係る鹿児島大学病院災害派遣医療チーム(DMAT)活動報告

 令和6年能登半島地震災害における被災地の医療支援のため、本院では、災害派遣医療チーム(DMAT)※14名(医師1名、看護師2名、業務調整員1名)を1月20日~24日の日程で派遣しました。
 本院のDMAT隊は、石川県の穴水町保健医療福祉調整本部業務と搬送支援業務を中心に活動を行いました。調整本部内では地域内の高齢者施設や障害者支援施設のライフラインや入所者数、避難状況などの情報を収集し、支援状況や医療ニーズについて調査を行いました。搬送業務では、高齢者施設から避難を行う入所者2名の支援を行いました。
 医療ニーズは日々変化しており、状況に応じて活動内容も柔軟に対応しました。搬送支援を行った入所者様からは「ありがとう」とお言葉もいただき大変励みになりました。
 一日も早い復旧・復興をDAMT隊、鹿児島大学病院職員一同お祈り申し上げます。

<本院DMATメンバーのコメント>
佐藤 満仁 医師(救急・集中治療部)
出来ることはなんでもやる!という気持ちで被災地入りしました。各入所施設により必要なことが異なっており、現場でなければ分からないことだらけでした。我々DMATだけでは出来ないことでも、他の支援チームと協力、対応し、多種多様な支援と継続的なサポートの必要性を痛感しました。我々の活動を支援、応援していただきありがとうございました。

西端 宏平 看護師(B棟7階)
「『これはDMATの仕事じゃない』は言わない。自分ができることは全部やる。 」の気持ちで、現地に向かいました。現地の状況を知り、自分達に何ができるのか、現地の方々のために何をすべきなのかをチームで話し合い、活動しました。自分たちの活動を次のチーム、さらにその次のチームに繋ぐことで絶え間ない支援が続けばいいと思います。

吉永 健嗣 看護師(救急病棟)
私たちの活動が被災地のために一つでも多くの力になれたらという思いで現地に入りました。現場では被災された方々や医療施設等にどのような支援が求められているか模索し、関係するチームメンバーで情報を共有し、必要な支援を行いました。今回の経験をしっかりと今後の支援に活かしていきたいと思います。

藏元 直也 業務調整員(臨床工学部門)
被災地では道路状況も悪く、断水が続くなど生活環境も復旧できておらず長期的な支援が必要だと感じました。今後も少しでも貢献できるよう支援を行い、今回の活動を今後に活かしていきたいと思います。

※1 DMAT(災害派遣医療チーム:Disaster Medical Assistance Team)
大規模災害や多傷病者が発生した事故などの現場に、急性期(おおむね48時間以内)から活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チーム

(写真① 調整本部内での業務の様子)
(写真② ミーティングで報告を行う医師)
(写真③ 搬送支援業務の様子)
(写真④ 約3時間の道のりを無事搬送終了)

●関連リンク (鹿児島大学病院からのお知らせ)
令和6年能登半島地震に係る鹿児島大学病院災害派遣医療チーム(DMAT)を被災地へ派遣しました