認知症について
認知症とは
認知症とは、一旦正常に発達した認知機能や精神機能が、後天的な脳の障害により持続的に低下し、複数の認知機能障害のために、日常生活・社会生活に支障をきたすようになった状態です。加齢に伴うもの忘れとは異なるひどいもの忘れ(記憶障害)に加えて、時間や場所、人が分からない(見当識障害)、通い慣れた道で迷う(視空間認知障害)、目的を決めてそれを成し遂げることができない(遂行機能障害)、言語が出てこない(失語)、物の使い方が分からない(失行)、認識ができない(失認) など様々な認知機能障害(認知症の中核症状)を認め、日常生活や社会生活、仕事などに支障をきたすようになった状態を指し、認知症の割合は一般的に年齢とともに増加します。
一方で抑うつ、不安、易怒性、幻覚、妄想などの精神症状も認めることがあり、認知症のBPSDと呼ばれています。BPSDは前述の認知機能障害を背景に、物理的環境(音や光刺激などの不適切な環境刺激)や社会的環境(不安や孤独、焦り、苛立ちなど)、ケア・治療環境(便秘、発熱など)などの環境要因が誘因となり生じるため、認知症者の背景にある環境要因を探り、早い段階で環境を整えたり、適切な対応を行ったりすることで、未然に防いだり改善できたりします。そのため、ご家族や介護者が気持ちのゆとりをもって認知症者に向き合える環境調整も重要となります。
また、これらの症状があっても日常生活に支障がない状態をMCIといいます。MCIはアルツハイマー型認知症をはじめとした様々な認知症に移行することが知られており、MCIの時点で早期発見し、対応を検討していくことも重要です。
早期発見・早期判断の必要性
認知症の中には、脳以外の障害で認知症のような症状を呈するものや治療可能なもの、発症を予防できるものなどがありますが、例え治療可能なものでも、治療が遅れると完全には元に戻らない場合があります。また、残念ながら認知症の多くは根治は望めませんが、早期発見・早期診断し、適切な対応を検討することで、症状を軽減させたり、進行を遅らせたりすることが可能な場合もあります。さらに、早期発見・早期診断することで、今後の治療や介護についてのご本人のご希望を聞く時間が作れ、それらをご家族などの介護者と共有し、支援することができます。
治療
認知症の根本的な治療法はまだありませんが、薬物治療により認知機能を軽度改善させたり、症状の進行を遅らせたりすることが出来る場合があります。また、BPSDなどは薬物治療と環境調整により改善が期待出来ます。
認知症の治療は薬物療法だけではなく、環境調整や介護サポート、家族の関わり方など様々な面からのアプローチも重要です。
環境調整・介護サポート
認知症の介護は長期的になる場合が多く、ご家族だけで抱えるには負担が大きくなり、生活が破綻してしまう場合も多く見受けられます。そのため、介護保険制度や地域のサービスを利用して、ホームヘルパーやデイサービス、訪問看護など、患者さまに必要なサポート体制を充実させることが重要です。
代表的な認知症
認知症を引き起こす代表的な病気に、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症があり、4大認知症と呼ばれることもあります。また、これらの認知症以外に、うつ病や薬剤性認知機能低下、甲状腺機能異常、ビタミン欠乏症、梅毒、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、てんかん、せん妄などで認知症のような状態が引き起こされることがあり、「治る認知症(treatable dementia)」とも呼ばれ、早期診断・早期治療で症状が改善するものもあります。
アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease:AD)
認知症の原因の約半数の割合を占めているのがADです。ADは、アミロイドßという異常な蛋白が脳に蓄積して脳の働きが損なわれる病気で、脳の神経細胞が失われるにつれ、脳全体も徐々に萎縮していきます。70代以降の高齢者に多く、ほとんどが数分〜数日程度保持される記憶(近時記憶)の障害で発症し、それを背景に、「財布や物を盗まれた」というもの盗られ妄想に発展する場合があります。また、記憶障害に加えて、見当識障害や視空間認知障害、遂行機能障害、失行などの症状もみられます。
ADの診断には、神経心理検査での認知機能評価の他、頭部MRIや脳血流シンチなどの画像検査が有用であり、最近では髄液検査によるバイオマーカー診断なども行われています。
ADには病気の症状を軽度改善したり、進行を遅らせたりする効果が期待できる薬がありますが、病気の進行を完全に止めることはできません。
脳血管性認知症(Vascular Dementia:VaD)
脳梗塞や脳出血などが原因で脳に十分な血液がまわらなくなり、その部位の脳の神経細胞が障害されることで生じる認知症です。障害された脳の部位により症状は異なるため、「まだら認知症」とも呼ばれています。
症状としては、元の性格が極端となり(性格の尖鋭化)、怒りっぽくなって一度怒り出すと自制しにくくなったり、ちょっとした感情の高まりで泣き出してしまったり(感情失禁)することがみられます。なお、ADとVaDが合併することも多く、混合型認知症と呼ばれています。
VaDは高血圧や糖尿病、高脂血症などの生活習慣病を有している方がなりやすいため、それらをきちんと治療し、喫煙や過度の飲酒を控えるなど規則正しい生活を送ることで、発症や進行の予防が可能です。
レビー小体型認知症(Dementia with Lewy body:DLB)
神経細胞にレビー小体という物質が溜まることで神経が障害される病気です。症状としては、意識が清明な時間とぼーっとしている時間が入れ替わり現れる「認知機能の変動」、本来存在しないものがありありと見える「幻視」、手足の震えや歩行障害などの「パーキンソン症状」、寝ている時に手足を動かしたり、大声ではっきりとした寝言を叫ぶなどの「レム睡眠行動異常」などを特徴としています。DLBは病初期には記憶障害が目立たず、注意障害や視空間認知障害、遂行機能障害が前景に立つ場合も多く注意が必要です。その他、立ちくらみや便秘などの自律神経障害やうつ病などを伴うこともあります。このような多彩な症状が認められるため、治療やケアに特に注意が必要な病気です。
DLBの診断には画像検査が特に有用であり、頭部MRIや脳血流シンチ、脳波検査に加えて、MIBG心筋シンチやDATスキャンなどを行うことで診断が確定する場合があります。
DLBには症状改善に期待できる薬があり、ADよりもその効果は大きいと言われていますが、AD同様に病気の進行を完全に止めることはできません。
前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia:FTD)
多くは50〜60歳代の初老期に発症し、前頭葉や側頭葉など脳の前方部が侵されることによって生じる病気であり、国の難病に指定されています。前頭葉が障害されると本能的な欲動を自制できなくなり、人格や行動に変化がみられ、本能のままに自己本位的な行動をとってしまったり(我が道を行く行動)、周囲に無関心になったり、言語や動作で同じことを繰り返したり(常同行動)してしまいます。また、側頭葉が障害されると、言葉の意味がわからなくなるという特徴的な失語がみられます。
FTDには現在のところ治療薬はなく、行動異常の対症療法として抗精神病薬や抗うつ薬などを使用する場合があります。